宮本輝 ©The Sakai Agency
いま世界は極端な経済格差とともに、人間の精神性の格差という渦のなかへと巻き込まれています。
浅いものに惹かれて深いものを毛嫌いし、小さなものを評価して大きなものをないがしろにする人々が蔓延しつつあるのです。
この傾向はますます拡大していくことでしょう。
ですが、精神性という重要な問題においては、学歴も職業も年齢の差も無関係であって、たとえばさまざまな事情で高等教育を受けられなかった無名の民衆のなかに、深い心を抱いている人がたくさん隠れていますし、優秀な大学を卒業して、うらやましがられる職業についてはいても、幼稚な浅い心から脱却できないまま歳をとっていく人も多いのです。
私は二十七歳のときに作家を志して以来、きょうまでの四十年間、深い心と磨かれた精神性を隠し持つ市井の人々に、幸福や勇気や感動を与えたいと念じて小説を書いてきました。
人間にとって真の幸福とは何かを、努力を持続する根源の力とは何かを、悩みや苦しみを乗り越えるための心とは何かを、小説という虚構の世界であらわそうとしてきた四十年間であったと自負しています。
高い学歴と豊かな経済力に恵まれながらも、浅くて小さな心や薄っぺらな精神性しか持てない人々は、私の小説の前で立ち止まるはずがないからです。
私の小説が台湾の読者に広く読まれることは無上の栄光であり幸福でもあります。ひとりでも多くの人々に読んでいただけるようにと願っています。
——宮本輝